tami0806's diary

ネットのメモ帳

『夜のかくれんぼ』より『勝負』

星新一氏の『夜のかくれんぼ』に収録されている、「 勝負 」 というストーリーを読んだ。エフ博士という人物が、機械に支配された世の中を変えるため、コンピューターが徐々に異常になる伝染病菌を開発する。しかし、裏の世界では人間がコンピューターの指示に忠実に従うようになる薬が開発され、食品などに混ぜられる。この二つが同時に出回り、人々は異常なコンピューターの指示に従ってしまう。エ
フ博士までも。ストーリーの概要は大まかに書くとこのような感じである。
このストーリーは、実に今の世の中を風刺していると思う。

現に今、自分自身は様々なものに縛られて生きている。

コンピューターは分かりやすい例だ。
自分の生活を見返してほしい。多かれ少なかれコン
ピューターや、携帯電話といった端末などに依存し
ているはずだ。毎朝テレビから流れるニュースをそ
のまま鵜呑みにして納得するのだから、みんなそう
だ。そんなことはないと思う人はすでに薬が効いて
しまっているのだろう。
しかしながら、機械やコンピューター、メディア
端末などといったものを利用するのは、悪いことで
はない。生活の助けとなり、なにより便利なのだか
ら、むしろ良いことだ。もし今、身の回りの機械が
すべて止まり、コンピューターやメディア端末がな
くなれば、我々は何もできないはずだ。問題はそれ
らをどう使いこなすかといったところにある。
今の世の中は、
「コンピューターが人間を支配す
る」ようになってしまっている。なぜそれがいけな
いのかというと、機械の存在が一番上になれば、そ
れを管理する者がいなくなるということ。それはと
ても恐ろしいことだと思う。感情のないものが支配
する世の中など......。
たくさんのメディアに彩られたこの世の中。メ
ディアに支配されるなというのは難しいかもしれな
い。しかし、すべてをコンピューターに任せた人生
などおもしろくない。人とふれあうことの楽しさや
喜びを知った上で、コンピューターなどのメディア
を利用することができれば、もっともっとそれらの
可能性も広がると思う。人としての感情をもってメ
ディアを利用するのと、無感情のままメディアに利
用されるのとでは大きく異なる。メディアに限らず、
例えば勉強も同じようなことがいえる。何の感情も
なくただやらされる「受動的」な勉強は、どうして
も楽しくない。逆に、何かに興味を持ち、深めよう
とする「自発的」な勉強は、自然と楽しいといった
経験がある。スポーツでもそう。実際にプレーして
みて、楽しさを知ることができれば、スポーツとい
うメディアを使って、仲間やライバル、目標といっ
たものを得ることだってできる。そして、我々はそ
れを知っている。
人間とコンピューター、どちらが支配するのか 「
勝負 」 するのではなく、感情ある人間が、感情なき
コンピューターを利用し、使いこなすことができれ
ば、コンピューターなどのメディアは感情を持つ
ことができるのかもしれない。だって、幼いころ
は、人形と心を通わせ、喋っていたのだから。だっ
たら最初から、人間とコンピューターとの間に「支
配」という関係など存在しないのかもしれない。い
や、きっとそうだ。だから、エフ博士の伝染病菌と、
人間とコンピューターとの関係を壊す薬が開発され
ないことを願おう